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▲ラトビアの文化
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ガウヤ川の川渡し設備

 川渡従事者組合は早くも17世紀に作られた。これら組合のメンバーの仕事は、大きな川では船で岸から対岸へ、荷物、人、乗り物を渡すことであった。川渡の仕事と費用は、総督の署名のある条例によって規定されていた。川渡従事者は商人と契約し、荷物の安全を保証した。川渡設備は重要な交通路の近くに位置し、橋のない所の岸から岸への輸送手段として役目を果たしてきた。
 ポーランドの貿易路はダウガヴィエシュイで川渡施設が使われた。バルドネ〜ビルズガレの道路施設を始め、ドュナヴァの施設はダウガヴァ川の右岸の道路に通じていた。ほんの数年前まで、ガウヤ川の両岸を多くの川渡施設が結んでいたのである。リーガトネの川渡施設は、今も使われている最後のものである。