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東川ラトヴィア交流協会
写真の丘とラトヴィア館ラトヴィア交流活動記録故 佐藤忠雄さんを偲んで

故 佐藤忠雄さんを偲んで

東川ラトヴィア館長
    井下 佳和


 私がラトヴィアという国を知ったのは、そんな昔ではない。今は亡き佐藤先生からそのすばらしさを聞かされたのがきっかけである。美しい国、すばらしい国、先生はいつも目を細めてうれしそうに話していた。まるで、自分のふるさとの話でもするように。
 平成9年、当社のオーラス研究所が3周年を迎えた年である。世界的に有名なスクリデ一家が東川町にやって来た。夢のようなお話である。おくればせながら情報を得た私は、三姉妹のコンサートを三周年記念事業として企画することになった。旭川の「雪の美術館」を会場に実現したコンサート。200人を越える人が集まり、みな名演奏に聞きいり、美しい姉妹に釘付けになった。私自身も、この演奏会を機にラトヴィアとの距離が一気に近づいたように思う。それは日本流にいえば、縁というものかもしれない。
 平成10年夏、文化交流のため1ヶ月ラトヴィアに滞在するという佐藤さんに誘われ、私もラトヴィアへ行く事になった。東川町の伊藤さんも一緒の旅である。初めて見るラトヴィアは苦難の歴史とは反対に平和でのどかな景色・・・・
 子供のころに見た景色に似ているように思った。ラトヴィアで知り合った人達の中に音楽家のライモンズさんや写真博物館の館長のアウジンシュさんがいる。どの人も私には刺激的だった。しかし先生の行動力は、だれにも負けないものだと思う。滞在中、アウジンシュさんは私たちを写真の丘に案内してくれた。100年も前からそう呼ばれていた丘には、大勢の写真家が集まり、交流していたのだという。私も先生も、その話を聞いた時に考えは同じだった。東川にも「写真の丘」をつくろう。共通項から、交流をはじめよう・・
 東川に戻り、写真の丘をつくるために先生は動き始めた写真の町東川にも大勢の写真家が集まる。「写真の丘」をキーワードに、ラトヴィアともいつか写真を通じて交流ができるようにしよう。どんな小さなきっかけでも、大切にしていこう先生の最後のメッセージだったように思う。先生がなくなった今、代わりにはなれないがラトヴィアとの交流に協力したいと考えている。