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▲ラトビアの生活
病院道路鉄道空港市場田舎の農場


田舎の農場

 村はラトビア領地の中に定住した最も古い形態である。やがて、一つの家屋敷にとって代わり、この過程は、ヴィゼメ、クルゼメ、ゼムガレでより速く進行した。村は海岸沿いに残されており、初め、人々は漁業に従事していた。
 ラトビアのラトガレ東部地方では、長い間、家屋敷は特別な村(ソラス)と提携している。平均的なラトビアの家屋敷は幾つかの建物を持っていた。住居、家畜小屋、脱穀納屋、穀倉、ピルトとして知られる風呂またはサウナ、屋外便所等である。貧しい家屋敷では、一つの家が家畜小屋、納屋、穀倉等、幾つかの機能を合わせ持っていた。普通、住居は家屋敷の中央の高く乾いた所に建てられた。ほかの建物は住居の中庭の周りに整えられ、ピルトや屋外便所等はちょっと離れた所にあった。
 ヴィゼメやクルゼメの建物の整えられ方は、中庭に散らばっていて、生け垣で囲われている。ラトガレでは中庭は四角で、その周りに建物があり、高い生け垣で囲われている。ラトビアのどの農場にも果樹園がある。